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東京地方裁判所 平成8年(刑わ)1255号 判決

主文

被告Aを懲役二年に、同B及び同Cを懲役一年に、それぞれ処する。

この裁判確定の日から、被告人Aに対し四年間、同B及び同Cに対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人Aから金一〇〇万円を、同B及び同Cから各金五〇万円を、それぞれ追徴する。

訴訟費用中、証人D、同E(平成九年三月二五日の旅費及び日当分)、同石井洋一及び同Gに支給した分は被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、茨城県新治郡八郷町町議会議長として、同町議会を代表してその議事を整理し、議会の事務を統理するとともに行政上の重要問題について町長が町議会議員の意見を聴くなどの目的で開催される同町議員全員協議会を招集し、その協議を調整するなどの職務に従事していたもの、被告人B及び被告人Cは、それぞれ、同町議会議員として同町議会における発言、議決、議案提出等の権限を有するとともに前記協議会において町長提出にかかる案件を協議するなどの職務に従事していたものであるが、

第一  被告人Aは、

一  平成七年三月一二日ころ、同町大字柿岡字沖〈番地略〉土地(以下「本件土地」という。)を同町に購入してもらいたいと希望するD、及び同人から右取引の交渉を依頼されていたHから、同町大字野田五番地所在の被告人A方において、近々前記協議会に諮られる予定の本件土地購入案件が承認されるよう、事前に働きかけるとともに、同協議会において承認に向け意見を取りまとめるなど有利かつ便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら現金一〇〇万円の供与を受け、もって、同被告人の前記職務に関し賄賂を収受し、

二  右D及び右Hと共謀の上、

1 同月一六日ころ、同町町長として同町を統括、代表するとともに同町の事務を管理、執行し、同町が財産を取得するに際しては取得の決定、契約の締結及び代金の支払い等の職務に従事していたIに対し、同町大字柿岡〈番地略〉所在の同町役場三階町長室において、本件土地の取引について、同人が前記協議会に諮った上、その購入を決定するなど右Dが便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も早期に契約を締結した上、速やかに代金を支払うなど同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに現金一〇〇万円を供与し、もって、Iの右職務に関し賄賂を供与し、

2 同日ころ、同町議会議員として前記被告人B及び同Cと同様の職務に従事していたJに対し、同町大字瓦谷〈番地略〉所在の同人方において、同月一五日に開催された前記協議会において、本件土地購入案件が承認されるよう反対意見を差し控えるなど有利かつ便宜な取り計らいを受けた謝礼として現金三〇万円を供与し、もって、同人の右職務に関し賄賂を供与し、

3 同月一六日ころ、同町議会議員として前記被告人B及び同Cと同様の職務に従事していたKに対し、同町大字川又〈番地略〉所在の同人方において、前記Jに対するのと同様の趣旨のもとに現金五〇万円を供与する旨申し入れ、もって、Kの右職務に関し賄賂の申込みをし、

4 同月二二日ころ、同町議会議員として前記被告人B及び同Cと同様の職務に従事していたLに対し、同町大字柿岡〈番地略〉所在の同町役場駐車場において、前記Jに対するのと同様の趣旨のもとに現金五〇万円を供与し、もって、Lの右職務に関し賄賂を供与し、

5 同月二四ころ、被告人Bに対し、前記町役場四階議場前廊下において、前記Jに対するのと同様の趣旨のもとに現金五〇万円を供与し、もって、同被告人の右職務に関し賄賂を供与し、

6 同年四月上旬ころ、被告人Kに対し、同町大字柿岡〈番地略〉所在の同被告人方において、同年三月一五日に開催された前記協議会において、本件土地購入案件が承認されるよう、事前に同町議会議員に対して反対意見を差し控えるよう働きかけるとともに、同協議会において反対意見を差し控えるなど有利かつ便宜な取り計らいを受けた謝礼として現金五〇万円を供与し、もって同被告人の右職務に関し賄賂を供与し、

7 同年四月下旬ころ、同町議会議員として前記被告人B及び同Cと同様の職務に従事していたMに対し、同町大字山崎〈番地略〉所在の同人方において、前記Jに対するのと同様の趣旨のもとに現金五〇万円を供与し、もって、Mの右職務に関し賄賂を供与し、

第二  被告人Bは、同年三月二四日ころ、被告人A、右D及び右Hから、前記議場前廊下において、前記第一の5の趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら現金五〇万円の供与を受け、もって、被告人Bの前記職務に関し賄賂を収受し、

第三  被告人Cは、同年四月上旬ころ、被告人A、右D及び右Hから、前記被告人C方において、前記第一の6の趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら現金五〇万円の供与を受け、もって、同被告人の前記職務に関し賄賂を収受した。

(証拠の標目)〈省略〉

(事実認定の補足説明)

一  (1)各弁護人は、被告人三名に関し、八郷町議員全員協議会(以下「全員協議会」という。)は法令上の根拠のない慣習上、事実上の会議であって、その場における意見が町議会の議決を拘束することはない上、本件土地を購入するか否かは町長の専決事項であって、これについて町議会の議決は必要ではなかったのであるから、全員協議会における本件土地の購入案件に関する町議会議員の意見表明は町議会議員の職務といえないのはもとより、これと密接な関係のある行為ともいえず、したがって、被告人らが町議会議員としての職務に関して現金を収受したとはいえないと主張し、(2)被告人Cの弁護人は、同被告人に関し、全員協議会で本件土地の購入案件に対する反対意見を述べることを差し控えたり、その趣旨で他の議員に働きかけたりした事実はなく、同被告人は有利かつ便宜な取り計らいをしてはいないなどと主張し、被告人三名は無罪であるとし、被告人三名もそれぞれ右各主張にそう事実を供述するので、以下検討する。

二  主張(1)について

町議会は、財産の取得、管理及び処分など町長の担任する事務等に関して、検閲、検査及び調査をするなどの権限を有しており(地方自治法九八条、一〇〇条等)、町議会議員は町議会が右権限を行使するについて、これを発議し、質問し、あるいは意見を述べるなどしてこれに参画する職務を有するものであるところ、関係各証拠によれば、八郷町の町議会議員全員で構成される全員協議会は、成文法上の根拠をもって設置された会議体ではないものの、同町においては、従来から、町長を中心とする執行機関側は、町政を円滑に運営するなどの目的で、町議会の議決事項であるか否かに関わらず、町政の重要事項について、あらかじめ全員協議会に諮ることにより、その件に関する議会側の意向を把握し、理解を得、それらを踏まえて町政に当たることを慣行としてきたものであることが認められる。このような町議会及び議員の権限、全員協議会の設置の目的、慣行並びに、本件土地の購入案件は、法令上は町長の専決事項であったが、売買価格が約一億円もの高額となり、また本件土地が町役場に隣接して位置していたことから、町の施設配置等に関する長期構想に照らしても町の行政上重要な事項であったと認められることなどにかんがみれば、町議会議員が全員協議会で本件土地の購入案件について意見を述べ、あるいはその発言内容に関して同僚の議員に働きかけることは、いずれも町議会議員本来の職務を背景とし、かつそれと密接に関係する行為というべきである。

これに対し、弁護人は、町の人事案件や予算などにおける全員協議会での意見と議会での結論とに齟齬があった事例を指摘して、全員協議会は町議会に対する拘束力を何ら有しないなどと主張するが、前述した全員協議会の設置の目的等にかんがみれば、一部に同一案件に関する全員協議会の意向と議会の議決が一致しない例があったからといって特段異とするに足りず、全員協議会における議員の意見表明が一般町民の行政に対する意見具申等とは同列に論じ得ないものであることは明らかである。また、弁護人は、本件土地代金は八郷町土地開発基金から出捐されたものであり、取引行為や代金の出捐について議会の議決を必要としない町長の専決事項であったとも主張するが、関係各証拠によれば、同基金で購入した土地については、いずれ町有財産とする際、町の一般会計からその代金を支出する必要があるところ、これに関する予算は町議会の議決の対象であって、現に、同基金で購入された本件土地についても平成八年三月の定例議会でその予算についての議決がなされていることが認められるのである。そうすると、この点についての弁護人の主張も理由のないことが明らかである。

三  主張(2)について

被告人C及び同Aの検察官に対する各供述調書その他の関係各証拠によれば、被告人Cは、平成七年三月一五日に全員協議会が開催されるまでの間に、被告人Aから、本件土地購入案件が全員協議会に提案された場合には反対意見を出さないでほしい旨依頼され、右依頼に応じることにしたこと、被告人Cは同日の全員協議会には欠席したものの、野党議員である自己が反対意見を述べなければ、それだけ賛成意見の割合が増加し、結果的に被告人Aの依頼の趣旨に合致する状況にあることは明確に認識していたこと、また、被告人Aから頼まれて、被告人Cが事前に同じく野党議員であるMに右案件に反対しないよう依頼したことなどの事実が優に認められるところであるから、弁護人の主張は採用できない。

これに対し、弁護人は、右認定にそう内容の被告人Cの捜査段階の検察官調書について、その前提となる警察官調書作成の際に、被告人は金員を受領したことは悪いことであり、かつ軽率であったと反省する余り、記憶にないことまで他の被疑者の供述内容に合わせた供述を行い、検面調書作成の段階に至ってもその供述を維持したものである旨主張するが、同被告人の供述調書には、供述を合わせたとみられる者の供述調書には存在しない内容が含まれている上、被告人Aから本件にHが関与していると聞いて不安を抱き、金の受渡しはない旨の念書を取るように忠告したとか、Mを説得したのは単に謝礼をもらえるという理由からだけではなく、A議長が自分を頼りにしてきているのでこれに応える気持ちがあったからでもあるなどと、その当時の心情をも交えながら具体的かつ詳細な供述をしていることなどを考慮すれば、その信用性は高いというべきである。

なお、弁護人は、被告人Cは、受け取った五〇万円は町が本件土地を買うことになった祝儀と認識していたのであるから、賄賂性の認識を欠くと主張するが、同被告人のその旨の当公判廷における供述は、同被告人自身の捜査段階の供述その他の関係各証拠に照らして到底信用することができず弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人Aの判示第一の一の所為、被告人Bの判示第二の所為及び被告人Cの判示第三の所為はいずれも平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法一九七条一項前段に、被告人Aの判示第一の二の各所為はいずれも同法六〇条、一九八条(一九七条一項前段)にそれぞれ該当するところ、被告人Aの判示第一の二の各罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、同被告人の各罪は法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、被告人B及び同Cにつき、各所定刑期の範囲内で懲役一年にそれぞれ処し、被告人三名につき、いずれも情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から被告人Aに対し四年間、同B及び同Cに対し三年間、それぞれの刑の執行を猶予することとし、被告人三名につき、被告人Aが判示第一の一の犯行により、被告人Bが判示第二の犯行により、被告人Cが判示第三の犯行によりそれぞれ収受した各賄賂は費消されあるいは混同されていて没収することができないので、いずれも同法一九七条の五後段により、その価額金一〇〇万円を被告人Aから、その価額各金五〇万円を被告人B及び同Cからそれぞれ追徴することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により証人D、同E(平成九年三月二五日の旅費及び日当分)、同F及び同Gに支給した分を被告人三名に連帯して負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は、判示のとおりの八郷町の公共用地の購入に絡む贈収賄事件であるが、被告人らは、町議会の議長あるいは議員として全員協議会を構成し、同協議会において町長の提出案件について意見を述べるなどの職務についていながら、その職責を忘れて本件各犯行に及んだものであって、動機において酌量の余地はない。収受した賄賂の金額も一〇〇万円又は五〇万円と決して少額とはいえない上、右各犯行の結果、町政に対する町民の信頼を大きく損ねていることも考慮すると、本件は甚だ悪質な事案というべきである。

被告人らの犯情を個別にみると、被告人Aは、賄賂の授受を前提にした町長や議員への働きかけ等を頼まれるや直ちにこれを承諾し、共犯者とともに、現金を配る相手方や金額、時期等具体的な段取りを決め、それに従って、町長及び議員らに対して本件土地の購入を促進することや協議会で反対意見を差し控えることなどを依頼し、現実に合計四〇〇万円近くの現金を供与し、あるいはその申込みをしたばかりか、自らも一〇〇万円の現金を収受しているのであって、このような積極的な関与状況等にかんがみると、その刑責は被告人三名の中で最も重いといわざるを得ない。一方、被告人Bについては町に対する交渉方法を教示するなどして現金五〇万円を収受し、また、被告人Cについては金員の授受を否定する念書を作成しておくよう助言するなどして同様に現金五〇万円を収受しているなどの事情がそれぞれ認められるのであるから、その刑責を軽視することはできない。

しかし、他方で、被告人らは、いずれも賄賂の提供を持ちかけられて応じたものであり、自ら積極的にこれを要求したものではないこと、被告人Cに係る公職選挙法違反の罪による罰金前科を除いて被告人らには前科はなく、本件に関与したことについてそれぞれ反省の念を有していること、本件土地を購入したことで八郷町が損害を被ったと認めるに足りる証拠はないこと、本件各犯行には物事を依頼する際とかく金品を用いる八郷町の政治風土が影響を及ぼした形跡が窺われることなどの事情に加え、被告人Aは既に議長職を辞職しており、被告人Bとともに本件有罪判決が確定すれば議員の職をも失わざるを得ない立場にあること、被告人Cは既に政治活動から身を退いていることなど、各被告人のために斟酌すべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合考慮し、かつ、各被告人間はもとより一連の犯行に関与した関係人との間の刑の権衡をも踏まえ、被告人らをそれぞれ主文の刑に処した上で、各刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人島田に対し懲役二年及び追徴一〇〇万円、被告人塚谷及び同川井に対しいずれも懲役一年及び追徴五〇万円)

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 登石郁朗 裁判官 佐藤弘規)

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